快気祝いを贈れることは幸せなこと

最近、友人たちから、手術・入院の報告を受けることが増えてきたように感じます。

40代半ばになると、親の入院より、自分たちの健康が心配になってきます。

ただ最近は、手術するといっても、お見舞いに行くほどの長期の入院期間は少ないようで、

退院まで3,4日だということの方が多いです。

ですから、忙しいスケジュールの入院期間中にお見舞いに行くことが迷惑な場合もあるようです。

 

したがって、お見舞いに行くことも少ないし、お見舞いを持参することもあまりありません。

本人たちも、快気祝いを用意するのが面倒なようです。

 

今後、友人関係などでは、こういったしきたりはなくなるかもしれないなと実感しています。

お返しを貰わないようなちょっとしたお見舞いが主流になるように感じます。

ただ、親世代や、親戚間ではそうはいかず、まだまだ金銭のお見舞いのやり取りは盛んなようです。

 

母を亡くした後、父は3度、大きな手術、入院を経験しています。

やはり、入院期間中、入れ代わり立ち代わり、友人や親せきが訪れて、お見舞いを置いていったようでした。

 

無事に退院できたとほっとしたとたん、快気祝いの品を用意して送らされました。

こんなに多くの方が見舞ってくれたのかと驚きました。

選んだ品物は確か、海苔や鰹節だったと思います。

 

全快して、退院のご報告と、見舞いに対するお礼の気持ちなので、このあたりの物になるようです。

今だと、もう少し砕けたものでもいいのかもしれませんが、病気や怪我が無くなったとして、

「消えるもの」を選ぶようにと教えられました。

お茶は葬儀を連想するので、避けるようにとも言われました。

 

その後、2回の快気祝いは、父が自分でネットで依頼しました。

出かけなくても簡単に出来るし、品物も豊富なので選びやすかったようです。

もう、これで入院は終わりにしてほしいと願っていますが、父が3度も快気祝いを贈れたことは、

元気に回復できたのですから、喜ぶべきことだと思っています。

 

16年前に亡くなった母は、がんでした。

入退院を繰り返して、2年ほどで亡くなりましたが、

最初の入院の時にお見舞いを多くの方から頂き、そのお返しに悩みました。

退院したといっても全快ではないし、今後も治療の度に入院することが予想されていたからです。

でも、そのままにもしておけないので、「お見舞御礼」を用意したように思います。

結局、快気祝いを贈ることなく、旅立ちました。

 

母はあの「お見舞御礼」をどんな気持ちで用意したのかと、考えてしまいます。

快気祝いを贈れることは幸せなことだと思います。

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